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須藤さま

 投稿者:kato  投稿日:2006年12月11日(月)21時49分9秒
  今はバイクが常時点灯ライトなのでできませんね~

ちなみにその覆面は滋賀県警です。
 
 

Katoさん

 投稿者:須藤  投稿日:2006年12月10日(日)23時26分23秒
  投稿ありがとうございます。
模範であるべき公用車がいいかげんなのはなんとももんだいです。
Katoさん「かつて・・」で今はやっていらっしゃらないでしょうね。
 

(無題)

 投稿者:kato  投稿日:2006年12月10日(日)19時03分20秒
   公用車の違反、ありますよね~かつて高速道路で覆面パトをライト消したバイクで追尾していたら160キロ以上で走行していました。  

直前4投稿

 投稿者:須藤  投稿日:2006年 5月10日(水)22時09分37秒
  投稿者名“ら”さん、“つつと”さん、“J.K”さん、による5月10日0時5分から34分にかけての4通の投稿拝見しました。
これら4投稿は、3つの投稿者名で投稿されていますが同一人物の投稿と判断するのが妥当であります。 少なくとも同一PCからの投稿であることは確実です。
内容的にも建設的であるとは判断できかねます。 本掲示板の意図するところではありません。
ただ、1通“答えて!”投稿者J.K さん の書き込みは残します。他は削除と致します。
そのような判断をする方もあるということは予想していたことでもあります。

「どうせ全赤信号があるから平気さ」ということでしょうか、黄色信号になると加速して交差点を抜ける(赤信号に変わってももう停止はできない)多くの車を見かけて憤りを感じないのでしょうか。
警務隊(自衛隊内の警察)の車両は他の車両よりも厳格な遵法が求められるはずです。
歯に衣を着せずにきちんと事実を述べることが情けないことで卑怯なことでしょうか?
 

答えて!

 投稿者:J.K  投稿日:2006年 5月10日(水)00時25分58秒
  自衛隊の車両を注意されたと出ていましたが、あの注意のされかたこそ陰険ではないですか?運転している人みんなが法律どおり100%パーフェクトに運転できると思いません。
人間なのですから停止線をはみ出したり、行けると思ってもいけなかったりと、あるわけでもしそれを犯し過ぎてしまったときに過失がしょうじてしまい罰せられるわけであり自衛官や警察官がロボットなわけでなく人間なのですからそようなこともあると思います。
しかし、注意された心は私も分かります。しかし、それおこの様なインターネットの場所で公に公表するあなたの気持ちが情けないと言うか器が小さいと言うか・・・卑怯で可哀そうです。残念です
 

御礼

 投稿者:須藤  投稿日:2006年 3月21日(火)21時43分21秒
  もこさん、ありがとうございました。
http://members.jcom.home.ne.jp/kinmokusei/jpn_law/history.html も拝見いたしました。 まだ、全ては理解しておりませんが。

私が普通免許試験を受けた頃、教習所ではしばしば 「国際条約に入ったから・・」という言葉を耳にしました。 確かにまだ 四角い駐車禁止標識などがまだ残っていた時代です。

余談ですが、国際免許について、日本が加入している条約とドイツが加入している条約は異なるそうですね。 調べようと思いながらそのままになっています。
日本から国際免許を持ってドイツへ行きました。
役所でドイツの免許に書き換えようとしたとき「条約が異なるが、あなたは運転ができることはこれ(日本発行の国際免許)で判るから 1年間は運転して結構、1年経ったらばここへ来なさい、ドイツの免許に書き換えるから」ということでした。
ドイツの国際免許を持って日本に帰ってきて、運転していたところ免許証提示を求められ、ドイツの国際免許を見せたところ、その警官「この国際免許は見本と異なる」 と言われ 「ドイツに在住していたのでこれを取って帰ってきた」ことを説明すると、「多分有効なんでしょう、ただし、他の警官に咎められても私がOkしたことは言わないでください、早くここの管轄区域から出てください」といわれました。 ひょっとするとまずいのかもしれないと、日本の免許に書き換えるために運転免許試験場へ出向いた折、ドイツ発行の国際免許では日本では運転できないことを知りました。
 

良く分かりました

 投稿者:アルファ  投稿日:2006年 3月21日(火)00時41分40秒
  須藤さん、もこさん、良く分かりました。

私は専門家ではないので、右折については、いつも頼りにしている「教習星人」さんからの回答を書かせて頂きました。(http://otd5.jbbs.livedoor.jp/kyo_syu_/bbs_tree)(須藤さんのHPからリンクが張ってあります)

私が作り話をしていない事だけは信じてください。今後も法律の成り立ちなど、興味ある情報、よろしくお願い致します。
 

右折とキープレフト

 投稿者:もこ  投稿日:2006年 3月20日(月)23時34分2秒
  右折後の進入車線は、現行の道交法では、アルファさんが書かれているように左側車線だと考えます(私も、原則としてそうしています。)が、須藤さんのおっしゃる
「『直近の内側を(小さく)曲がる』に則ると、自然に中央より車線に入る」
というのももっともだと思いますので、ちょっとていねいに調べてみました。

「キープレフト」の問題、つまり、一方向多車線道路での進行車線をどうとるべきかは、少なくとも法令の文言上は、右折時の通過位置よりも複雑な経緯をたどっています。以下は、普通の乗用車(軽自動車は除く)を念頭においたものです。

(1) 大正9年道路取締令では、
「(車馬、歩行者を問わず)左側通行、追越しは右側から」(同法1条、5条1項)
という定めがあるのみです。
なお、同時進行形の関係法令として自動車取締令(大正8年発令、昭和8年に全面改正)というのがありますが、これには、通行位置についての定めはありません。

(2) 昭和23年施行の道路交通取締法では、
「速度の速い車馬は、道路の中央部の左側を、速度の遅い車馬は、更にその左側を通行」(道路取締令12条)
となっており(ただし「多車線道路では」とは書いていない。)、他に併進車馬がいない場合でも「速度の速い車馬は道路中央側」ということになりますから、いわば「キープセンター」でした。

(3) 昭和24年の法・令改正で、
「できる限り車道の左側を...」(令12条1項)
とされ、さらに、
「二以上の車馬が併進することができる場合において...」(同条2項)
と、初めて多車線道路と明示しての通行方法が指定されるようになりました。この場合には、
「後順位の車馬は、できる限り車道又は道路の左側を、先順位の車馬は、その内側を通行」(同条同項)
「同じ車馬相互の間の通行の区分については、速度の遅いものから順次に前項の規定を準用」(同条3項)
とされました。ここで、順位とは、「緊急自動車ー路面電車ー普通の自動車ー自動車以外の車馬」の順です。
つまり、先順位の2つは例外的存在ですから、「速度の遅いものから順次に」で、「キープレフト」と言うべきルールとなりました。

昭和28年に道路交通取締令が廃止され、代わりに道路交通取締法施行令となりましたが、これでは、同順位間の関係が、
「同順位である車馬については、『通常』速度がおそいと『認められる』ものから順次に左側を...」(同施行令11条2項)
と微妙に文言が変わりましたが、『通常の速度』で走行していると思えば、「キープレフト」です。

(4) ところが、昭和35年の道路交通法施行(道路交通取締法廃止ー前回、道路交通取締『令』廃止と書きましたが書き間違いです。)によって、なんと、「キープセンター」に戻りました。片側2車線道路においては、通行すべき車両として次のとおりと明示されました。
「中央側車線ー自動車(自動二輪車及び軽自動車を除く。)」
「外側車線 ー自動二輪車、軽自動車、原付及び軽車両」(同法施行令10条1項)

(5) その4年後の昭和39年になって、道路交通に関する条約(条約ではキープレフトを義務づけている)加入にともない道路交通法が改正され、現行のキープレフト・ルール(同法20条2項ー現在は1項)となりました。
(昭和46年の改正で片側3車線以上の場合について少し変更されていますが、片側2車線の場合は昭和39年以来同じです。また、高速道路については、昭和38年改正(名神一部開通時)で高速道路特則としてのキープレフトが導入されています。)

したがって、右折時通過位置と合わせると、軽でない乗用車等については、昭和30年ごろ以降の変化は、
(1) 道路交通取締法時代(昭和35まで):キープレフト + 直近外側
(2) 道路交通法 (昭和35~39):キープセンター + 直近内側
(3) 道路交通法 (昭和39~):キープレフト + 直近内側
となります。
こうまとめてみると、昭和35年の変更は、「キープセンターと直近内側通過とを(キープレフトとなら直近外側通過とを)密接に結びつけて考えているが故の両者同時変更」ということのように思えます。
つまり、須藤さんのおっしゃる「直近内側なら中央側車線が自然」とみなしていたのではないかということです。

昭和39年の「センター→レフト」の変更は、条約といういわば外圧によるものでしたから、直近内外も同時に変更して昭和35年以前の状態に戻すなどとは考えず(まだ4年しか経過していない時期ですから戻すことは朝令暮改のそしりを免れないでしょう)、「まあ、体裁だけ整っていればよい」という措置であって、その結果、現状のように、キープレフトは法令の文言上だけのものと化し、運用上はうやむやにされてしまったということのように思います。

日本でだけしか運転しないという時代でしたらこれでもよいでしょうが、多くの旅行者が海外でも運転するという時代に、条約にあるような基本ルールをうやむやにした状態を放置するのは、須藤さんも感じておられると思いますが、長い目で見たとき、非常に困った問題だと思います。(日本人は基本ルールさえ守らない→劣等民族である、という評価になっていく。)

なお、前回およびここにあげた法令の中身は、すべて、
http://members.jcom.home.ne.jp/kinmokusei/jpn_law/history.html
で見ることができます。(開設しているのは私です。)上にあげた条約(1949年道路交通条約)の内容も、そこからHOMEにリンクしていけばあります。

最後に、こういうことを書くのはいささか躊躇しますが、アルファさんが伺った専門家の話の最後の部分は作り話でしょう。上記の歴史的経緯からわかるように、「キープレフトになることを目的として、直近内側通過と定めた」ということは論理的にあり得ません。
 

詳解ありがとうございます

 投稿者:須藤  投稿日:2006年 3月19日(日)21時47分27秒
  もこさん よくご存知(あるいは調べてくださった)で、教えてくださりありがとうございます。

確かに「原動機付自転車運転許可証」を取った時は法律が改正になる直前でした。14歳で取れました。 この頃は筆記試験無し(法律も知らないまま)医者の診断書と警察署での視力の検査と体を動かして四肢に異常がないことを見せればもらえました。 それで、私は 学校で 青進め、赤止まれ、黄注意 と習ったので黄色信号で注意して進行したところ、警察官に止められて30分ほどお説教をくらったことがあります。当時は切符が無かったので軽微な違反はお説教で開放されました。 お説教で済まないときは一律に裁判所行きだったとおもいます。

私が普通免許を取ったのは、原付許可証をとってからさらに4年ほど後です。
右折の方法で記憶に残っている 小さくまわる という表現はご指摘のとおりなのでしょう。 この頃 「右内小回り」としつこく教わりました。 「右外大回り」は指定がある場合のみ とも教わりました。 現在ではほとんど見ることがなくなりましたが、ロータリー形式の交差点でこの指定をたまにみかけました。

フランスの右折方式の情報もありがとうございました。
 

右折時の通過位置

 投稿者:もこ  投稿日:2006年 3月18日(土)21時19分51秒
  右折時の「自動車の」交差点内通過位置は、過去に2度変更されています。

(1) 日本で最初の全国共通法令である大正9年道路取締令では
「道路を横切った後に、右に方向転換」(同令7条3項)
つまり、現在の自転車の右折と同じ方法です。
右折後の対面信号機の表示については、当時はまだ信号機はなかったので、当然言及はありません。

(1-a) 昭和23年施行の道路交通取締法では、
「交差点中心の外側」(同法14条2項)
という表現になりましたが、信号機についての規定で、
「青で交さ点の中心の外側まで進行し、右折する方向が青になるのを待って右折しなければならない」(道路交通取締令3条2項)
とされていましたので、実質的内容は大正9年道路取締令と同じと思われます。
(注記:紛らわしいですが、「道路交通取締令」と「道路取締令」とは別物です。)

(2) 昭和24年の道路交通取締法・令の改正で、
通過位置は、「交差点中心の『直近』外側」(法14条2項改正)
信号機は「『自動車については、』右折後の青を待たなくてもよい」(改正後の令3条1項)
となりました。
右折後の対面赤を無視してよいという現行の規定は、この時に始まったものです。最初からそうだったわけではありません。

(3) 昭和35年の道路交通法施行(道路交通取締令廃止)にともない、
「原則として、交差点の直近『内側』通過」(道交法34条2項)となりました。
「原則として」というのは、「公安委員会が、交差点の状況に応じて、外側通過の指定もできる」とされたからです。
例外部分の表現がその後
「(公安委員会→)道路標識により指定されたときはその部分を通過」
と変わりましたが、基本的には、この時のルールがそのまま現行まで続いています。
この日本の現行ルールは、40年以上続いていることになりますから、あたりまえのルールだと誤解されている方が非常に多いようですが、そんなことはなく、国によっては「状況に応じて」あるいは「直近外側」通過とされています。例えば
http://www.fr.emb-japan.go.jp/jp/menu4/france-kotsuhoki.html#4debut
は、在仏日本大使館の日本人旅行者向けの注意です(文章の左右が逆になっていますが)。

須藤さんが最初に運転許可を取られた時は (2) の時代(原付の「運転許可」という言葉は道路交通取締法でのもので、道路交通法で「運転免許」に統一された)、すなわち「直近外側」通過時代で、その直後に (3) の時代に入って「直近内側」通過と改められたので、その当時に「今までより小さく回らなければならない」と指導されたのが、昔のことですから、記憶が曖昧になられているのではないでしょうか。
 

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